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追悼:韮沢靖

ライター:キャラクターランド編集部
2016年2月8日更新

追悼:韮沢靖

 昭和の伝説に「トキワ荘」という〈場〉がありました。手塚治虫を慕って、石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄、藤子不二雄(A)、赤塚不二夫などのちに日本のマンガを背負い、アニメや特撮番組などのカルチャーの礎を築いた同世代の面々が、古アパートの同じ屋根の下で切磋琢磨を続けていました。少女マンガの世界では、萩尾望都、竹宮惠子を中心に、少女マンガを変革していった「24年組」が集った「大泉サロン」がありました。またアメリカでは、ロジャー・コーマンのもとで仕事をこなしていたコッポラやスピルバーグ、ルーカス、スコセッシといったまだ無名の若者たちが、後に皆、大監督に成長していった例なども。シュトゥルム・ウント・ドラング。ヌーヴェル・ヴァーグ。ニューウェーブ。同世代の若者たちが、同じ時期に集まり、新しい表現を求めて活動することで、ジャンル自体に大きな変革が訪れる、歴史的な出来事としてこのような〈動き〉が表出します。そして、日本のデザイン・造型の世界でも約35年ほど前に、そういった〈動き〉がありました。阿佐ヶ谷・荻窪といったJR東日本の中央線駅近隣で、まだ20代の若者だった雨宮慶太、桂正和、寺田克也、竹谷隆之、小林誠、韮沢靖などの面々が集い、〈新しいなにか〉を作り始めたのです。そのときの〈新しいなにか〉たちは、『牙狼〈GARO〉』として『ZETMAN』として、さまざまなイラストや映像や玩具として多数にわたって具体化され、ジャンルを刷新していきました。その集団がなにを議論し、なにを競い、どのような感情でつながっていたのか、当事者でないものにとっては知るよしはありませんが、たぶん全員、そのすべて才能がそれぞれ重要なパートを担っていただろうことは想像に難くありません。彼らがいたことで、ジャンルの基準があがりました。多くのものが格好良くなり、中途半端な表現が封殺されることになりました。 皆さんが韮沢デザインを初めて目にしたのは、2004年の『仮面ライダー剣』のアンデッドから始まり『カブト』『電王』へと続く「仮面ライダー・シリーズ」のクリーチャーデザインでしょうか、それとも20世紀末から発表されていた『デビルマン』のアレンジメントでしょうか、それともよりダークで先鋭的なオリジナル・デザイン群でしょうか(『S.M.H.』は個人的にも好きな雑誌でした)。 いや、「より先鋭的なオリジナル・デザイン」と記したのは、正確ではありません。阿佐ヶ谷近辺の男たちは、場によって〈表現〉を微温化させたりはしませんでした。だからこそ、韮沢さんがデザインに参加した、『仮面ライダー』も『デビルマン』も『ゴジラ』も『マジンガー』も『アイアンマン』も格好よかった。だからこそ、変えることができたのです。2月2日、韮沢靖さんが亡くなられたことが、本日公式に通知されました。お疲れさまでした。享年52――1964年早生まれの私にとっては同学年の人物の訃報でもあります。腎不全だったとのこと、本当にお疲れさまでした。あなたが〈変えた〉以降の世界でもうしばらく、玩具を、TVを、映画を、楽しませてもらいたいと思っています。お疲れさまでした。有難うございました。

キャラクターランド編集長OH

 

 

海斗

 

怪人02

 

怪人01

 

 弊社より刊行していた雑誌『ハイパーホビー』で連載していたマンガ『シージェッター海斗』(著者:石ノ森章太郎、早瀬マサト)。そこに登場する敵の怪人デザインを韮沢靖さんが手掛けていました。  石巻・石ノ森萬画館で開催された韮沢さんと早瀬さんのトークショーでは、その場で海斗の新しい敵の怪人デザインを描いて下さり、大いにファンを沸かせていました(※その模様を掲載した「ハイパーホビー」2013年8月号の記事はWEBに再録しております)。  先日、スーパーフェスティバルでお会いしたばかりでしたので、いまだに信じられません。心よりご冥福をお祈り致します。(編集部一同)

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